#02 手紙の旅

つばめ/家/手紙の旅
柊有花 2023.04.14
誰でも

こんにちは。こんばんは。

イラストレーターで詩人の柊有花です。

ご機嫌いかがでしょうか。ずいぶんあたたかくなりましたね。

ここ1週間でつばめのつがいが何組かわたしの町へとやってきました。電線にとまってはそのあたりを飛んで巡回したあとまた電線に止まってを繰り返しています。

わたしの家のベランダとつばめがとまっている電線はほとんど同じ高さなので、洗濯物を出すと彼らと目が合います。つばめはこちらをあんまり警戒していなくて、二羽であれこれおしゃべりしているのを眺めることができます。

つばめはなんともいい声で鳴きますね。すらりとした形も、色も、とてもうつくしいです。振り返ると、毎年彼らが町にやってきてまた南に帰るまで、心のどこかでいつもつばめのことを考えているなあと思いました。春に日本へ来たつばめは秋に東南アジアへ帰るんですね。にぎやかに子育てをしたあといつのまにかいなくなってしまうのはさみしいですが、わたしの町では彼らがいなくなったあともつばめの巣がずっと残されていて、もしかするとその家主たちはつばめが来るのを毎年心待ちにしているのかも、と想像してしまいます。

つばめがやってきた町で、わたしは個展へ向けて制作の日々です。いまは普段描いているよりも大きめのサイズのパネルに絵を描いています。先日、うっかり絵の具を踏んでしまったようで自分の部屋も階段も、洗面所も青の点々がついていて半泣きになりました。アクリル絵の具は乾くと耐水性なので乾ききる前に気がつけてよかったなあと思いますが。

わたしはいまの家に越してきてもうすぐ2年なのですが、いまの家がとても大切です。越してきた当初はいま思えばけっこう過激に、すこしでも汚さないように、傷つけないように心をくだいていました。

でも、どんなに大切にしていても、暮らしていると、家は傷ついたり汚れたりしていきます。青の絵の具で汚れてしまったように、ポスターを貼っていたマスキングテープの跡のように、ぶつかって欠けてしまった階段のように、すこしずつ変わっていきます。大切にすることと、変わっていくことを愛すること、これはとてもわたしにとってむずかしいことです。

今日、ある年上の方と話していたときに「家は道具だよね」という言葉がありました。どんなに思い入れがあっても、自分が死んだあとにその家は壊されてしまうと考えると、大切にするのもいいけど自分の好きなように家を使っていくのが結局は一番いいんじゃないかと思うようになったというようなお話でした。

わたしは家と違って新陳代謝という形で変わっていく身体を持った人間ですが、自分を構成するさまざまなものが変わっても自分であるということがとても不思議に思います。成長しても、老いても、わたしはわたしである、ということの不思議について考えると、天も地もない宇宙へ放り出されたような気持ちになることがあります。

けれどわたしの身体はわたしが死ぬまで一緒のもの。そう考えると、家も、わたしの身体も、わたしにとって変化していく相棒のようなものなのかもしれません。

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手紙の旅

先日手紙が届きました。

わたしを思いやってくださる言葉のなかに「湖でも凪はとてもまれ」というような言葉がありました。

わたしの想像する湖はいつもおだやかで静かな波紋を広げるばかりなのですが、その言葉を読んではっとしました。湖も、凪いでいるときは少ないのだなと。

わたしはさっき書いたように変わっていくことを恐れています。大切なひとも、大切なものも、自分自身も、変わっていくことにとても敏感です。でも、日々いろいろなことがありますね。生き物だったら機嫌のわるいときだってあるし、体調のよくないときもあるし、いなくなったり、ものであったら壊れてしまったりすることもあります。

わたしはそういうことに直面したとき、心が大きく波打ち、動悸がしたり、涙が止まらなくなることがあります。最近は特に変化することへのおそれがつよくなってしまったように思います。でも、ああ、湖もほとんど凪いでいないんだな、と思うと、変化にあふれるわたしの日々が、湖を恋しく思うのと同じようにいとおしく思えるような気がしました。

このニュースレターのタイトルにも冠しているとおり、わたしは手紙が好きです。わたしには手紙は凪いだ(ごくまれに!)湖のように思えます。大切なことがやわらかく水にひたされ守られているような湖のなかで、「わたし」と「あなた」が出会い直すような、そんな時間に触れると次の変化へと向き合っていくための勇気が湧いてくるような気がします。

手紙のなかの自分は湖のなかの自分ですから、日常のわたしとは違います。もちろんここもそうです。できればいつも心安らぐわたしでありたい。でもいろんな自分がわたしのなかにいることをわたしは知っていて。

けれど思うんです、自分のなかに心安らぐわたしを見つけ直し続けることがきっと大事なことなのだろうなと。手紙という湖のなかで「わたし」と「あなた」だけでなく、「わたし」と「わたし」もまたこうして手をつないでいる。そういうことを思い出させてくれるから、わたしは手紙が好きです。

眠りたいひとのために同内容のPodcastも配信しています。

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